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東京高等裁判所 平成10年(う)1413号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、主任弁護人桃谷一秀作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

原判決は、被告人が広告代理店である株式会社新橋通信代表取締役の山口利明に対し、佐川急便の関連会社が右新橋通信に広告を依頼する旨の架空の企画書を示して、山口から広告下請代金名下に小切手金を騙取した旨認定しているところ、所論は、要するに、本件において右山口に示した一連の企画書は銀行への体裁等の関係で作成された架空のもので、これにより被告人が山口から受け取った小切手金は他への金融のためであり、そのように運用していたことを同人は少なくとも未必的に認識しており、錯誤には陥っておらず、詐欺として証明が不十分であるのに、被告人に詐欺罪の成立を認めた原判決には重大な事実誤認がある、というのである。

そこで、原審記録を調査すると、右山口と広告等の事業を営む株式会社総合企画代表取締役である被告人との間に原判示の外形的事実が存することは被告人も争わず、証拠上も疑いないところ、これが詐欺であることは、被告人が作成し山口に交付した一連の架空の企画書及びその内容の真実味、これにより被告人が受け取った小切手金をめぐる関係口座への預金や、入出金状況、被告人の生活状況、総合企画の営業状況、本件犯行後の被告人と山口が依頼した新野哲也とのやりとり、山口が秘密録音した電話での通話内容などの諸点に鑑み首肯でき、さらには、被告人の供述には変遷があるだけでなく、右の諸点に符号しない不合理、不自然な点が多く信用性が乏しいのに対し、山口の供述は右の諸点にも符号し合理的であり基本的な信用性に欠けるところがないこと等に照らし、証拠上明らかであり、当審事実取り調べの結果によってもこれが左右されるところはなく、原判決の認定は、補足説明として説示するところを含め、正当として是認できる。以下、所論に鑑み補足する。

一  まず、所論は、かつて山口ないし新橋通信は昭和六二年ころから平成三年一〇月ころまで、被告人が持ち込んだ手形を、商取引がないのに割り引く形で融資(金融)を行い、その際、銀行への体裁等の関係で被告人と通じて取引を装った架空の請求書類等を作成していたが、本件は、右金融と同一の形態で行われた取引行為であり、山口は、被告人が本件企画書に関して交付した小切手金を金融のために運用していたことを少なくとも未必的に認識していた旨主張する。

しかしながら、平成五年六月九日ころから、被告人は、佐川急便関連会社(以下、佐川関連会社という)を新聞折込広告依頼主とする一連の企画書を作成し山口に交付しており、これらの内容が架空のものであり、山口がこれに基づき小切手を振り出していたことは明らかであるところ、被告人は、山口から交付された新橋通信振出しの小切手を換金して、一部は手持現金ないし千葉銀行行徳支店の自己の口座に入金して主に自己の用途に当て、その余は総合企画名義のさくら銀行柏支店の総合口座に入金し、概ね二、三カ月先の請負代金の支払い期限がくると右口座等から資金繰りして企画書記載の広告依頼主の佐川関連会社名義でほぼ企画書記載の金額を新橋通信の銀行口座に振り込んでいる。これら企画書では、折込広告で概ね一五あるいは一八パーセント程度の利益が確保でき、その売上額の一〇パーセントを新橋通信が、その余は被告人が、各取得するものとされている。そして、当初は、被告人の取り分は右小切手金に含まれ、新橋通信への入金額は右小切手相当金額に売上金額の一〇パーセントが加算された金額であった。その後、被告人の取り分が後払いとされたため、企画書の売上金額がそのまま新橋通信への入金額となり、後日精算して利益のうち売上額の一〇パーセントを新橋通信が取得し、その余を被告人に支払われることとされた。それなのに、被告人は、被告人の取り分が後払いになった後も、現金化した小切手金から前記手持ち現金等を先取りし費消しており、その金額も、例えば原判示小切手金の場合をみても、相当多額に及んでいる。被告人は、これは被告人の取り分である旨供述しているが、後払いとなっているのに先取りすることは不自然であるばかりか、そのように先取りした場合、それを含めた返済資金をどのように調達するか問題である。すなわち、このような新橋通信の口座への入金額を調達するためには、小切手金をそのまま融資に回したとしても、その金額に、概ね二、三か月で一〇ないし一八パーセントの金利を確保しなければならないことになる。まして、小切手金から右のように手持ち現金等を先取りしていれば、さらに高利の金利を獲得しなければならない。

このように、前記各企画書による新橋通信への入金を融資による利得で実現するためには、小切手金を返金に当てるだけで足りないことはもとより、何らか高利の融資先を確保するか、他からの資金を注ぎ込まない限り、新橋通信の利益相当分や被告人の手持ち資金等として費消などされて返入金に当てられなかった分が未返済分として累積していくことは明らかである(後記二のとおり、多額の未返済分を残していること自体が所論が採用しがたいものであることを示している)。

被告人は、捜査段階で、この点を指摘されるや、別途資金を用意して融資したものがあるなどと供述しているが、その資金の手当先を明らかにしていないし、被告人の生活状況、総合企画の経営状況からみても、そのような資金手当ができる状況にあったことも窺われない。さらに、そもそも、被告人が自己の負担でそのようなことをする合理的理由もない。

また、被告人が、融資していたとし、その融資先としてあげるところは、株式会社助人、北原良亮、白井基勝、その他である(原審第五回公判。以下、単に第五回の例により示す)。しかしながら、被告人はこれら融資先からは借用証等の書類すら確たるものを取っておらず、出入金状況を明らかにすらできない。すなわち、〈1〉助人等については、捜査段階では、被告人は、「助人の決算書を山口に見せ、広告の仕事をしたことにしてその資金を助人に回そう、助人の代表取締役佐藤さかゑが佐川本社に顔がきく、今後広告の仕事を紹介して貰えるから金を出してくれというと、山口が、佐川の関連会社に似た名前を作って架空の広告をして資金を助人に回そう、細かいことは被告人に任せる、と打合せができた、平成五年六月初旬が最初で、以後平成六年三月ころまでに一五回位、合計五〇〇〇万円を融資し、その度に金利一八パーセントを乗せて返してもらい、それを被告人が新橋通信の口座に振り込んだ、一回の融資金額で高額の時は二五〇万円位であった」、「平成六年三月以降は融資先に特別なところがなかったが自分の仕事に使おうと思ったり、個人的に資金がない人達に貸し付けたりしていた」旨供述している。しかしながら、被告人は、決算書類まで見せた助人への融資が終わりながら、そのことを山口に告げないまま、依然として折込広告依頼主を佐川関連会社とする企画書をそのまま交付し続けているのは不可解である。まして、新橋通信から、その後も多数回にわたり、多額の小切手の交付を受けながら、自分の仕事に使い、また資金のない人に融資をしたというのは、不合理である。なお、山口は、平成三年一〇月に被告人が持ち込んだ手形を割り引き、三四六万余円の不渡り手形をつかませられて損害を被り、手形を割り引く形の金融取引を止めている。本件は、平成三年一〇月までの手形割引による融資とは形態を大きく異にするのみならず、今回、あらためて融資先も知らないまま(被告人は原審公判で助人以外についても知らせたような供述をしているが、供述経過からみて信用できない)、あるいは信用調査もしないまま、手形すらない融資を無条件に被告人に任せることは考えにくいところである。そして、助人融資については、そもそも佐藤が融資を受けたことを否定している。また、前述のように、被告人の言うところも、これに一五回位で五〇〇〇万円を融資したといいながら、他方では一回の融資が最高額でも二五〇万円というのは、計算上合わない供述である。この点、被告人は、原審公判では、右の期間、回数は、平成五年末位まで、週二回位の割合である旨供述を変更しているが、合理的説明がない上、新橋通信が平成五年末までに被告人に交付した小切手総額が三一〇〇万円以下であることにも符号しない。さらに、被告人は、途中から、助人融資の清算には一年半位かかったとも供述するに至っているのであるが、同じころ佐藤から紹介された株式会社シーフーズアイザワに対する融資問題に関係して北海道へ出張したとしてその航空券等の写しを保管しているほどの被告人であってみれば、まして清算に手間取った助人への融資を裏付ける資料等を保管しているのが当然であるのに、これを明らかにできないのも不自然である。〈2〉北原良亮については、同人は、かつて株式会社アローエージェンシーなる広告代理店を経営していたもので、右会社は平成二年一二月二〇日ころ倒産しているところ、右倒産の僅か三ヵ月前から被告人に利息なしで四五〇〇万円か四七〇〇万円を借りて全く返済できないままであるというのである。このような人物に再び融資すること自体不可解である。しかも、同人が総合企画宛に差し入れたとみられる平成六年一〇月三〇日付借用契約書では、同年六月九日から一〇月二二日まで、七回にわたり一五〇万円の金員を、利息年利六・七パーセント、違約金利年一八パーセントで借用したとしているのであるが、右のような金利では、原資の提供先である新橋通信に返済する金利を調達できるとは思えない。しかも、北原は、平成六年には被告人から三〇〇万円位(第六回)あるいは二〇〇万円ちょっと(第九回)を借り入れた旨供述するが、これは無利息であったかのような供述もしているのであって、右借用契約書とも内容が符号せず、結局、同人への融資内容は不自然かつ不可解といわざるをえない。〈3〉白井基勝については、被告人は、第一〇回では、白井に貸し付けたのは一五〇万円ないし一八〇万円であるが、白井の方は八〇万円で、かつ貸金ではないと主張しているというのであり、第一二回では、白井に貸したのは平成八年で、名刺に書かないで貸したものもある旨供述している。しかしながら、すでに山口との取引終了後の融資を本件融資の根拠として上げていること自体おかしいが、白井の三枚の名刺の記載を融資の根拠とするが、うち一枚は、二万四七二〇円を領収した旨のとても融資とは思えない表現であるし、うち二枚も、五万円、八〇万円を預かったというだけで、返済期日や金利の記載もなく、貸金か否かの紛議を生ずるずさんなものであること、融資とすれば、一部融資を名刺に記載させながら、その余の融資にそのような資料すら取らないこと、等およそ金融にしては不自然、不可解な点が多過ぎる。なお、被告人は山田圭佑にも融資したとして同人の名刺をもあげるが、これも一〇〇万円を領収した旨の記載があるだけであって、右のような指摘が該当する。〈4〉その他についても、第五回では、単に折込広告の組合員の仲間内で融通しあうとしか供述していなかったのに、第一〇回に至り、総武折込み、建築会社を上げ、第一二回では、右建築会社は、北原の紹介で、株式会社リプロを介して知った大成産業という建築関連の基礎会社である旨供述しているのであるが、このような供述経過自体不自然であるし、北原は、株式会社ニッソウを介し建設会社である株式会社新和建設を紹介したとしか供述していない。しかも、右紹介も、既に山口との今回取引が中止となった後の平成六年一一月ころというのであり、これを融資先としてあげるのも不可解である。

以上のように、被告人が融資したとしてあげるところは、時期的にも不合理なものを含み、また元金の確保すらできない不自然なものであり、一連の小切手金あるいは手持ち資金を運用して企画書所定の利益を上げうるような金融が行われていた形跡は窺われない。

結局、所論の主張を裏付けるような事情は認められない。

二  所論は、他方において、被告人は、本件詐欺を含む平成六年二月以降同年一〇月までの間は、新橋通信が振り出した小切手金額と同額の金額を新橋通信に振り込んでいると指摘する一方、原判決が「被告人が新橋通信から受け取った資金を運用した形跡は窺われない」としている点を捉えて、詐欺罪は利得犯であり、何ら利得をしないことを前提とした動機で詐欺をすることはありえず、本件ではその動機を理由づけることができない、被告人は、山口との約束によって融資を受けた金額を返金していたに過ぎない、旨主張する。

右主張は、一の営利活動としての金融のための運用の主張と整合するものか疑問がある。のみならず、所論が指摘する点は、山口が萱場健一郎弁護士に依頼して作成した「騙取額・騙取累計額・架空売掛金名義の返金・同累計額・差額の一覧表」に依拠し、本件詐欺に連なる一連の騙取累計額と返金累計額との差額が、本件の最終詐欺の犯行時の差額と平成六年二月二八日の一時点でたまたまほぼ同額であることに着目したに過ぎない。右返金は、本来被告人が企画書で計上した売上金から被告人の取り分が先払いされる場合はこれを引いた金額、ないし、これが後日清算の場合は売上金額として返金されたものであり、右一覧表では、詐欺被害ということから、売上に伴う利益部分を度外視して、単純に騙取累計額から返金累計額を差し引いて計算しているだけのものである。したがって、右表によれば、新橋通信としては、平成五年六月一〇日ころから同六年一〇月二七日ころまで累計約一億七二四六万円もの資金を運用し、何らの利益が得られないどころか、約二〇六四万円の未返済金を生じさせることになり、企画書による利益部分を返済に組み入れれば、未返済額はさらに拡大することになるが、このようなことは、特段の事情がない限り、経済活動としては考えられない。被告人は、山口が新橋通信の銀行融資枠を広げるべく、架空の取引実績を計上するのに協力して、山口との約束により、このようなことを行ったとも供述するのであるが、右指摘の点と対比して、余りに不自然であり、山口がそこまでしなければならない合理的理由はなく、右特段の事情は窺われない。そして、以上のことは、被告人がやりくりに行き詰まり、架空の売掛金の入金ができなくなったからこそ、本件犯行が発覚したことを窺わせるのである。

また、所論は、被告人の動機を云々するが、右指摘のとおりその前提とするところはとりえないし、右の最終的な約二〇〇〇万円の未返済金は被告人の手元に残されていることからも利得がなかったとはいえないことも明らかである。

三  さらに、所論は、山口は、被告人とは親密な関係にあり、被告人が金融の経験等を有していることや現在の業務内容等を容易に知りうる立場にあったし、平成八年六月ころから被告人に騙されているのではないかと感じはじめたというのであるが、折込広告業務の取引形態を熟知していながら、被告人に対し新聞販売店の押印済領収書等の引渡等を要求していないし、新聞販売店や広告依頼主に電話での問い合わせすらしていない、さらに、折込広告配付依頼は現金決裁でなされているのに、本件小切手の振出日は企画書による折込広告実施日に切迫していたり、実施日以後であったりするものもある、これらの点からみて、山口は、企画書が架空のものであることを承知していたか、少なくとも、本件小切手金が折込広告下請代金に用いられていないことは未必的に認識していたもので、錯誤に陥っていない旨主張する。しかしながら、山口は、被告人を折込広告のプロとして紹介を受け、かつそれ以後の長年の付き合いから折込広告の専門家として信用、信頼していたものである。そして、本件折込広告の話は、被告人が持ち込んだもので、山口が受けてきたものではなく、そのため、その形態は、新橋通信が広告請負人とはなるものの、通常折込広告が現金先払いの形態をとることから、広告請負人として資金を出し、被告人の資金不足を補うのが主たる役割となっている。しかも、被告人は、あれこれ理由をつけては山口が広告依頼主と接触するのを避け、他方、山口としては、もともと新橋通信が受けてきた仕事ではないのであるから、被告人を介さずに勝手に接触することもはばかられるし、そのうち、その後は一年以上にわたり、企画書に沿った売上金額が広告依頼主名で滞りなく新橋通信の口座に振り込まれていたのであるから、右広告の件が順調に推移していると思ったとしても、不自然ではないし、そうである以上わざわざ山口が被告人の了解なく広告依頼主に接触をする必要もない。そして、本件折込広告では、新橋通信が広告依頼主に出す請求書すら被告人が取りにきて受け取り、新橋通信が直接広告依頼主と接触する機会を与えていなかったというのであり、当初から、本件折込広告は被告人が全てを取り仕切っていたことになる。そうしてみると、本件小切手の中には、振出日が本件企画書記載の折込広告の予定日に切迫し、あるいは予定日後とされているものもあるが、右の状況に徴すれば、山口は被告人の指示に従い小切手を振り出していたに過ぎず、被告人がそれで支障がないとしている以上、格別の関心を持たなかったからといって、異とするに足りない。また、折込広告代金の支払いが滞った後においても、被告人は佐川関連会社の都合で支払いが遅れているとか、本多清二弁護士に依頼して和解調停中であるなどと、具体的に実在の弁護士名をあげるなどとして種々取り繕っていたのであるから、当時被告人を信頼していた山口にしてみれば、その対応が遅れたとしても不自然ではない。また、その後被告人の弁解に疑念を持った時点でも、山口は佐川関連会社との取引自体に疑念は持たず、代金支払いは終わったが、その代金を被告人が着服したのではないかと疑っていたというのであるから、佐川関連会社や新聞販売店側に確認をしなかったからといって、また、被告人に折込広告の領収書や広告主報告書等を要求し、あるいは確認しなかったからといって不自然とはいえない。なお、本多弁護士と連絡をとろうとしても、できない状況あるいは同弁護士が対応しない状況にあったことも明らかである。所論の指摘はそのまま採用できず、本件の成否を左右するものではない。

四  なお、新野供述、新野メモについて触れると、被告人は、本件に関して山口が依頼した新野哲也に対し、山口同席の上、平成八年六月と七月の二度新宿区内の喫茶店で面談し、二度目の同年七月一八日、新野が、それまでの被告人の本件に関する話の内容をまとめたメモに確認を求められて、署名、押印している。

右メモの内容は、新橋通信の助人などの佐川関連企業に対する債権が六二〇〇万円前後であること、この売掛金について本多清二弁護士関与のもとに和解調停が進行中で、その金額が佐川軽急行便手形四三六〇万円、現金一〇八〇万円である、というものである。右メモ内容は、本件企画書や小切手内容、山口が秘密録音した電話での、被告人と山口との、原審及び当審弁護人桃谷一秀と山口との、各通話内容にも良く符合し、また、山口の供述とも合致するものであって、これらは山口が助人などの佐川関連企業との取り引きがあるものと信用していたこと、反面、本件金員の授受が単なる金融であるとの被告人の供述が虚偽であることを窺わせるのである。

被告人は、右メモは新野から脅されて署名押印したものである旨供述するところ、署名押印を迫り、新野が手荒な言葉を投げかけたことは明らかである。しかしながら、本件メモに署名押印した場所はいわば衆人監視の喫茶店であり、いうところの脅迫に屈するような場所ではない。しかも、被告人は、当時、本件による山口に対する債務を含め、被告人の債務の整理を原審及び当審弁護人坂入高雄に依頼していたというのであり、いつでも同弁護人に連絡するよう求め、または自ら連絡することもできる状況にもあったのに、同弁護人の名前すら出していない。のみならず、被告人は本件は架空の話で、山口との話し合いでなされたというのである。そうであれば、右メモ内容は荒唐無稽の事柄であり、新野の言動は理不尽極まりないことになる。そして、当の山口が面前にいるのであるから、直ちにその旨反論すれば足り、新野の要求に従う必要などは全くないのに、反論の素振りすらしていない。他方、新野がわざわざそのようなメモを作る理由も必要もない。これらは、被告人にとって、右メモの内容がそれまで被告人が話してきたことに基づくものであり、反論できないものであったとしか考えられない。右メモには、「本多先生より聞いていることです」との添え書きがされているが、これも、新野がその記載を要求する合理的理由に乏しく、被告人が言い逃れのために記載したとしか受け取れない。このように、新野供述、新野メモからも、被告人の供述の不合理性が明らかである。

五  以上のとおり、所論が依拠する被告人の供述は、関係証拠に照らし、不自然、不合理であるのに対し、騙されたとする山口の供述は、以上の諸点に符合し、自然かつ合理的であり、基本的な信用性に欠けるところがない。

そうしてみると、その他、所論がるる主張するところを検討しても、原判決が補足説明するところは、その指摘するところのほか、右指摘の諸点からも肯認できるのであり、これらを踏まえ、関係証拠を総合すれば、被告人に対する詐欺罪の証明は十分であり、原判決には何ら事実の誤認は認められないのである。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

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